「医者の指示待ち」に殺意を覚えた日。
プロとしてのプライドを、無知な上司に踏みにじられるな。
「とりあえず歩かせといて」
「リハビリの計画? 医者の私が決めるから余計なことはしないで」
カンファレンスで勇気を出して専門的な意見を言ったのに、鼻で笑われたり、無視されたりした経験はありませんか?
私たちは「マッサージ屋さん」でも「歩行練習の付き添い係」でもありません。動作分析と生活再建のプロフェッショナルです。
今回は、病院という強固なピラミッドの中で、専門性を押し殺して働くことの虚しさと、その打破について考えます。
なぜリハビリの専門性は軽視されるのか
「医者の指示が絶対」という古い医療現場の体質が、セラピストの情熱を奪っています。
ドクターや看護師の中には、リハビリを治療の一部ではなく、患者への「サービス(満足度向上)」程度にしか考えていない人がいまだに存在します。科学的根拠に基づいた介入案も、「忙しいから後にして」で片付けられてしまう。
専門用語を並べても伝わらず、かといって噛み砕いて説明しても「要するにいつ退院できるの?」としか聞かれない。本質的なリハビリの価値を理解しようとしない他職種との連携は、ただのストレスでしかありません。
「指示待ち人間」で終わるのか、自律するのか
今の職場でどれだけ勉強して認定資格を取っても、環境が変わらなければ、あなたは一生「誰かの駒」として扱われ続けます。
しかし、一歩病院の外に出れば、セラピストの判断がチームの要になる場所はたくさんあります。
- 訪問リハビリ: 現場での判断はセラピストが主役。ドクターとも対等な立場で情報交換ができる。
- 小規模なクリニック: 院長との距離が近く、リハビリ部門の裁量が大きい。
- 通所介護・老健: 生活期のリハビリにおいて、セラピストは多職種から最も頼りにされる専門家。
プライドを保てる場所は、自分で選ぶ
「あの上司が変わってくれれば」「医者がもっと理解してくれれば」
そう願っていても、組織の文化は数年やそこらでは変わりません。変わるのを待っている間に、あなたのプロとしての感性は摩痺していってしまいます。
あなたの専門知識を「すごいですね」「教えてください」と歓迎してくれるチームは必ずあります。自分を安売りし、プライドを削りながら働くのは、もう終わりにしませんか?
まとめ:指示書の向こう側にある「看護」
私たちは医者のために働いているのではありません。患者さん、利用者さんのために働いています。
「指示書に書いてあるから」と妥協するのではなく、「これが最善だ」と信じるリハビリを提供できる環境を、自らの手で掴み取りましょう。
あなたの知識が、本当の意味で誰かの人生を変える瞬間は、その先にあります。

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